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潮江東スポーツ少年団  【チームの育成方針】

チームの育成方針

潮江東スポーツ少年団の 『七つの約束と一つの合言葉』

まわれぇー!

『まわれぇー!』



いくぞぉー!

『いくぞぉー!』




はじめてのホームラン

『はじめてのホームラン』




カッキーーン

『カッキーーン』




団旗

『団旗』




今日も青空

『今日も青空』


潮江東スポーツ少年団の指導の第一歩は、野球に取り組む姿勢や心構えについて、
ひとつひとつ子供たちに確認をすることからスタートします。
それをまとめたものが以下の『七つの約束』です。

この約束をチーム全員で守ること_。
潮江東スポーツ少年団のファースト・プライオリティーです。


潮江東スポーツ少年団 『七つの約束』

『One For All,All For One』  潮江東スポーツ少年団では、チームプレー精神を表すこの言葉を、
チームのスローガンとして掲げています。

“One For All”  個々の選手がチームのために存在し、自分のポジションで全力を尽くすと同時に、
“All For One”  それぞれはチームの仲間によって支えられている_。

決してそれは「みんなが自分のために何かをしてくれる」ということではなく、
「自分はみんながいるからこそ、チームのために頑張れるし、チームプレーを楽しめる」ということ。

だからこそ_。
まずは、みんながそれぞれ自分の足で、勝利のために、ちゃんと起つことから始めよう!
そして、みんなの力を持ち寄って、勝利に向かって歩んでゆこう!!

きっと勝利を収めることができるのは、
20人の“最高の選手”で組織されたチームではなく、
20人の選手で組織された“最高のチーム”なのだから_。

『One For All,All For One』  チームの合言葉です。


潮江東スポーツ少年団 『一つの合言葉』

野球を通じ、子供たちの心と体を健全に養い育むこと_。
それが潮江東スポーツ少年団の指導目標です。
『七つの約束と一つの合言葉』は、そのための指導の根幹にあるものです。

潮江東スポーツ少年団という少年野球チームが、
子供たちにとって、より良い人間へと成長してゆく“学びの場”であるために_。
そして何よりも_楽しさと希望に満ちた“実力発揮の場”であるために_。

私たちが取り組み続けるミッションです。


私たちの目指す 『全員野球』

しまっていこう

全員野球って何だろう

潮江東スポーツ少年団の団旗には大きく「全員野球」の文字が描かれています。

「全員野球」――。
どこのチームの指導者も声を揃えてそう言います。
とても聞こえのよい言葉ですが、その言葉の意味はどこにあるのでしょう。

送りバントやエンドランのような自己犠牲を伴うプレーを厭わないことでしょうか?
誰か一人の力に頼って戦うのではなく、勝利ためにチーム一丸となって戦うことでしょうか?
レギュラーも控えも関係なく、部員全員が同じ方向を向くことでしょうか?

いろんな捉え方がありますが、少なくとも「全員野球」とは、
単に「みんなで一緒に野球をする」という次元の話ではないでしょう。

例えば、試合中のボールボーイ。
通常は、試合に出場していない低学年部員がやることになります。
そんな状況下で、上級生が低学年部員に「ありがとう」と一声でも掛けているチームには、
実力以上の力があると感じます。

またときに、レギュラー選手がベンチに下がり、代わりに控え選手が試合に出場することがあります。
そんなとき、ベンチに下がったレギュラーは、裏方の仕事を率先してやっているでしょうか。
自分と交代した選手を、人一倍大きな声で応援しているでしょうか。
そういうことが当たり前にできているチームは、まちがいなく手強いです。

とある試合での一コマです_フラフラっとキャチャ―フライが打ち上がりました。
キャッチャーはすぐさまマスクを脱ぎ捨てボールを追いかけます。
でも残念。ボールは一旦ミットに入ったものの、ポロリとこぼれ落ちてしまいました。

すると、そのボールを拾い上げたキャッチャーがこう言いました。
「みんなごめんよ〜」
明るく伸びやかな声が、フィールドに響きました。

「ドンマイドンマイ」「惜しい惜しい」「次は捕れるよ」間髪をいれず元気なリアクションが返ってきます。
近くまで来ていたピッチャーは、マスクを拾って手渡すと、「大丈夫」と大きくうなずきました。
そして、バッテリーは互いに笑顔で守備に戻りました。

何でもない光景ですが、涼しい風に吹かれたような、とても爽やかな気持ちになりました。
因みに、キャッチャーは次の打席で見事にタイムリーヒットを放ち、先程のミスを挽回しました。

全員野球_口にするのは容易いですが、実に奥の深い言葉です。


打ってこいやー

徹底的なカバーリング

“ボールが動けば、人も動く”

投手が一塁への牽制をすれば、
右翼手と二塁手が即座に一塁方向に動き、中堅手も備える。
一塁手が投手にボールを返す時には、
三塁手と左翼手がカバーリングに反応し、遊撃手は二塁ベースに就く。

でもこの一連の動きは、大抵の場合、無駄な走りに終わってしまいます。
だってカバーリングの選手がボールに触れることなく、ただ走るだけで終わっている方が、
プレーとしては成功なのですから…。

カバーリングほど、成果の見えないランニングはありません。
でも、ボールがないところでの選手の動きが、勝負の行方を決めてしまうこともあるのが、
野球というスポーツなのです。

またカバーリングがあるからこそ、
投げる方も後ろにいてくれると安心して、
失敗を恐れず思い切りプレーができるのです。

ボールがないところでの、自分の役割に気づくこと_。
そして、自分の意志で行動すること_。
それは必ず、グラウンドの外での、
人への気配りや心遣いへとつながっていきます。

日頃の指導の成果が垣間見える瞬間です。

カバーリングは無駄に走るばかりで、しんどいことです。
しかし技術の高い低いに関係なく、誰にでも直ぐにできることです。
心掛ければ実践できる要素です。

カバーリングをどこのチームよりも、
自分たちは徹底してやってきたという、
自信を植え付けること。

この成果の見えない行為をチームの決めごととして、
全力を尽くす姿勢が、
何よりの強さだと思うのです。

徹底的なカバーリング_これこそ全員野球そのものです。


いくぞー

全力疾走 @

全力疾走には、様々な捉え方があります。

アウトをセーフにする、あるいは単打を二塁打にするために全力で走ること_。
「1つでも多く次の塁を」という意識の高さが現れたプレー。

たとえアウトになることが予想されても全力で走る_。
試合展開や疲労度によっては、つい力を抜いてしまいがちですが、
「しんどい時にこそ、全力で頑張ることが力になる」という信念の顕れ。

守備位置まで全力で走って行き、「ボールを追えるキレ」を作っておく_。
いざ本番で100%の力を発揮するための事前準備という意味合い。

また、戦術として、簡単なゴロでも全力疾走する姿勢に、
少なからず守備側はプレッシャーを受けるという側面もあります。

平たく言ってしまえば、相手のミスを呼び込むために走る_。
それは「失敗を積み重ねて成立する競技」である野球の特性であり、間違いではありません。
そして、その失敗が勝利の行方を左右するのも、野球における定事です。

勝負事である以上、勝利を追求するのは当然のことです。
しかし、昨今の少年野球の現状を眺めてみると、その中で起きる、相手のミスに対して、
手を叩いて喜び過ぎているように感じます。

勝つことができるのならば――相手のミスを期待する
勝つことができるのならば――相手のミスを喜ぶ
このことに何かおかしさを感じないでしょうか…。
ミスをあざとく狙ったり、ましてや、喜ぶというのは、全く筋違いな話だとは思わないでしょうか…。

子供たちにそこまで求めるのは酷かもしれません。
けれども、せめて、指導者や保護者だけでも、その手を叩くのを止めるべきではないかと思うのです。

エラーやミスをしたくてやっている子供は誰もいません。
ボールが捕れなくて必死になっている子供の前で、手を叩いて喜ぶ大人の姿。
これほど、無惨で無節操な光景はありません。

厳しい見方をすれば、それは過剰な勝利への執着と独り善がりな内輪ノリです。
勝ちたいがために、我が子の可愛さ故に、何か大切なことがスッポリ抜け落ちていると思うのです。

勝利やヒットが嬉しいのは、そこに至る子供たちの努力があったからです。
でも、相手のミスは努力の結晶でもなんでもないから、喜ぶことではない_。
そのような発想はできないものでしょうか…。

自分たちが一生懸命にプレーをし、良いパフォーマンスができたなら、そこを喜ぶ。
競技者として勝つために目指すべき本質は、勝つために相手のミスを願うということではないはず…。

少年野球は学びの場です。
礼儀やマナーを教えるだけでなく、生き様として、人の失敗を期待するような生き方をしないように、
子供たちには示すべきです。

子供たちが社会に出たときに、人の失敗を期待するよりも、地力をつけて強くなってくれるように…。
人の失敗を期待し、それを喜ぶような弱い人間にはならないように…。
相手の立場や心の痛みを思いやることのできる、優しい人間になれるように…。


いったぁー

全力疾走 A

野球という競技には、サッカーやバスケットボールとは違い、
試合時間に制限がありません。

27人がアウトになるまで、試合は延々と続きます。
従ってどんなに点差が離れていようとも逆転できる可能性が残されています。

たとえばサッカーでは、ロスタイムでの3点差はどう頑張っても引っ繰り返すことはできません。
しかし、9回2死ランナー無しで、3点差あったとしても、
逆転することだってあり得るのが野球という競技です。

野球は最後の最後まで諦めてはいけないのです。

ですから、守備側は1つのアウトに拘るし、
攻撃側はなんとしても27人目のアウトを阻止しようと全力でプレーするのです。
だからこそ、全力疾走は当たり前のことなのです。

自分の可能性を信じ、そこに全力を投じない者に、その可能性は微笑んではくれません。
そう、諦めてしまえばその時点でゲームセットなのです。

わずかな可能性にも全力を投じる、
絶対に諦めないチャレンジ精神を示すプレーを評価し、
勝敗を超えてもっと称賛すべきではないでしょうか?

然るに野球とはある意味「心のスポーツ」なのかもしれません。
その心を最も体現しているのが、全力で走るということだと思うのです。

少年野球において、全力疾走に取り組む意味は大きいと思います。
当然ながらそれは、チーム全体で実践されていなければその価値は半減します。
つまりは『全員野球』の一環としての『全力疾走』

その意味をチームの共通理解として徹底できるのか、否か?
その違いはとても大きいと思います…。

だから_もっと_もっと。

走ろうよ!みんなが全力で!!
相手がビックリするくらい走ろうよ!!
心臓がバクバクするくらい走ろうよ!!

きっと_みんなで走ったその先には、
今まで見たことのない風景が現れるはずだよ。


さぁいきましょう

一球同心

“一球同心”とは――。

『一つのボールにみんなが同じ思いになれ!』
『一つのボールをみんなが同じ気持ちで追え!』
という意味合いの言葉です。

野球は決して一人の力だけで勝つことのできるスポーツではありません。
チーム全員の心をひとつにし、
一球一球に想いを注ぎ込む。
その大切さを言い表しています。

上級生。
下級生。

上達の早い子。
マイペースな子。

毎日素振りを欠かさない子。
塾と野球を掛け持ちしている子。

プロ野球選手を夢見ている子。
小学校で野球は卒業する子。

試合に出る子。
ベンチにいる子。

チームのみんなにそれぞれ違いがある中で、
本当に全員が同じ心を持って戦えるのかどうか…。
目の前の一球に全員の意識を集中できるのかどうか…。

けれどもし、そうなれた時は、
『本物のチーム』になれた時だと思います。

確かにみんなそれぞれ違っているけれど、
でもみんな野球が好きで同じグラウンドに立っています。
仲間と過ごす時間が楽しくてここに来ています。

だから、勝ってまとまるのではなく、
みんなでまとまって勝ちたい。

一球同心_私たちが目指す全員野球の姿です。


ナイバッティン!!

大人も全員野球

直向き。
懸命。
健気。
挑戦。
涙_。

少年野球は純真な体験に満ちています。
そんな体験を通じ子供たちは、心身共に、ぐんぐん成長していきます。

子供たちには、生きる力、育つ力が生まれながらに備わっています。
だから良い環境が与えられれば、子供たちは自然に成長します。
そしてその環境を整えるのが、周りの大人たちの役目だと思います。

少年野球は、中学、高校、大学と広がる野球環境の中でも、
最も大人の関わりが濃密な環境にあります。
特に子供が自立してゆく中学、高校とは違い、
試合への送迎、日々の練習の手伝い、スケジュールの管理など、
周囲の大人のサポートがなければ、チームの運営は成り立ちません。

少年野球が良いチームとして機能するには、
子供たち以上に、周りの大人たちの誰もが一生懸命で具体的でなくてはなりません。

大人たちは、自ら成長しようとしている子供たちの心と体の、
その成長過程を全力で応援する環境づくりをしなければなりません。

そのためには大人たちが、文字通り“一枚岩”で事に当たらねばなりません。

少年野球を通じて、子供たちの成長の現場に立ち会えること_。
それは「喜び」と「感謝」以外の何ものでもありません。

少年野球を通じて、子供と共に過ごす日々_。
それはまるで、遠く過ぎ去っていった「青春」を、巻き戻してもらっているようにも感じます。

子供はすぐに大きくなってしまいます。
子供と一緒に何かをできる時間は限られています。
だから、今を大切にしたい_。

潮江東スポーツ少年団は、そこに関わる大人たちも皆_。
『全員野球』です。